夕日、沈んでいく。光を反射するビル群から、街の本当の明るさが見えてくる。今日、少年とその家族は、都内有数の、最上階から見える景色が壮大なことで有名な日本旅館で宿泊をすることになっている。
しかし、その旅館で1番売りにしている夜空ではなく、少年は、日が沈む時間を眺めようとしていた。
物心がついた時から一緒にいた、少年の黒猫。夕日にあたると、あざやかに光る。宿泊するベランダはそれほど広いわけではないが、一緒に並んで夕日を眺めるほどのスペースはある。
「落ちないようにね。」
床はウッドデッキ、透明な材質で出来ている手摺り壁、笠木はザラザラとした感じで、さすが高級日本旅館といえる内装になっている。
少年は、黒猫を床に下ろすと、黒猫はベランダの笠木に乗り、じっとまっすぐ見つめていた。
「何か面白そうなものはあった?」
少年が話しかけても、黒猫は反応せず、ただまっすぐ、まっすぐに橙色に染まった空の下にある無機質な建物を、左から右へ、ゆっくりと眺めていた。
「次は中学生なんだって、なんだか、すごく面倒くさいんだ」
少年の話に、黒猫は少しだけ耳を傾けて。まるで、少年の話を聞くように。
「僕はね、あまり勉強が好きじゃないんだ。けれど、子供は学校に行くのが当たり前なんだって。」
黒猫は、少年の顔を見つめた。あたりまえだが、何かを急に話すわけでもない。ただ少年を見つめた。
少年は、ベランダの手摺りに寄りかかって、少し上を向きながら、深い碧と橙色の境を見つめるように上を向いた。
「まぁ、学校はとりあえず行くしかないし…。おまえも一緒に連れて行けたらいいのにな。今でもぼっちだからさ。ちょっと嫌なんだよね。中学生になったからって、最初のほうですぐに友だちを作るとか無理ゲーだし。」
黒猫は、少年に対して、少し身体の背を向けて、振り返るような感じで見つめ直す。軽く毛繕いをして、またジッと少年をみていた。
「中学校に行くのが嫌だって言ったら、なんて言われるんだろう…。どう思う?おまえのように、何となく生きていくって出来るのかな?」
夕日はあっという間に夜景になってしまった。暗くなると黒猫は見えにくくなる。何かあってはと、少年はそっと黒猫を抱きかかえた。
「よく分からないよ。何にも話せないおまえとはたくさんしゃべられるのに、学校の奴らとは話しにくいんだ。この気持ちはだれにもわからないだろうな。」
少年は、黒猫に悩みを話しながら、自分なりの答えを少しずつ形にしていく。
「まぁ、いいや。なんか、上手くいかなかったら。一緒に旅に出ちゃおうよ。いや、付いてきてくれる?」
黒猫は、少年が向けた小指の匂いをクンクンと嗅いで、顔をこすりつけた。